おとこひとり

61才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

「冥界からの電話」佐藤愛子_酷評

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佐藤愛子、という作家は、名前は知っていたが読むのは初めてであった。帯に95才と書いてある。いい年だ。作家が好きなわけではなく、本のタイトルに引かれて買ってしまったのである。この本の批評を書こうと思う。

内容は、ある少女が事故で亡くなったあと、生前に電話で話した60才まえの医者のもとに、その少女から電話がかかって来た、、、という話。実話だそうだ。

医者の話を作家・佐藤愛子が読みやすく書いた本である。

以下ネタバレあります。ので、本を読みたい人はこの先は読まないように。

で、最初に感想を言うと、本にまでする話では無い。ということです。

霊的な話で実話、となると、小説のようにおもしろいところなどないのが現実だから、しょうがないのだけれど、その内容を言うと、生前に医者の講義を受けた、という少女から医者の元に電話がかかってくる(その時は生きていた少女)。医者に対しては尊敬&好意をもって電話で話す。何回か医者に電話があり、一度合う約束をするのだが、その日に事故で亡くなった、と、少女の兄から電話がかかってくるのだ。

その後、その兄から電話がかかってくるたび、途中で、少女が割り込んでくるカタチで、電話口で話し始める・・・

これだけ聞くと、たしかに死んでしまったが会いたい、話したい、という念は残るだろうから、こういうカタチで話すこともあるだろう。

この小説では、電話でのやり取りの背景として、医者の一族が独特の宗教をもった一家であることとか、信心深い一家だとか、アイヌのシャーマンの話などをいれながら、不思議な体験をしている先生であるということを書いている。しかし逆に、そういうモノを持ち合わせてない人に不思議な体験があったなら、意外で実に興味深い、と、思うのだ。

信心深く正義感強く、いかにも聖人風のイメージで伝わってくる医者、それが事実でも、それでは小説としての面白みはないし、事実でもそれではいかにもうそっぽいではないか?

非通知でかかってくる兄からの電話、電話番号や、住所を聞こうとしない医者、その後兄を興信所で調べたが言われた大学には所属していなかったこと、それを言うと退学したんです、という返事、少女の車での事故を新聞社で調べても、そういった事故はいっさい、なかったということ、

これを本の最後に書いてあるということは、では、最初から少女も、その兄も、理由はわからないが全部ウソではないか? ただのイタズラで電話をかけて来たとうことではないか? それを霊が電話をかけて来た・・ということで始まるこの本は、じつに変な流れの内容である。自分は知らないが佐藤愛子というのは大先生であるのだろう、しかし、この本は失敗である。

本の帯に、「死は無ではなかったのです!」とコピーが書いてある。

そんなこと、あたりまえじゃないですか!(ちょっと怒り気味)

帯のコピーは編集者が考えたのかも知れないが、95才にもなる作家でも哲学的思考には年齢は関係ないのだな、と思った。この手の内容は見識の深い他の作家に任せるほうが無難である。