東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

悪人

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最近、とくに今日前後、音に敏感である。

これはきっと神経過敏な証拠である。

ジムで、咳払いがやたらデカい若造がいる。平然とイヤフォンで何かを聞いてニヤニヤしながらペダルを漕いでいる。そいつがデカい咳払いをするたびに、イメージとして自分の空間にヒビが入り、イラつく。本人はイヤフォンしてるのでまわりはまったく気にならないのだ。

こういう善良な市民ずらした迷惑なヤツがたくさんいる。同じようなものに、電車内で飯や匂いの強い食い物を食う奴らだ。かれらも、平然とした顔をして、悪びれることもなく行う確信犯である。

こういうやつらに敏感になっている自分は、きっとどこか精神のバランスが崩れているのだろう。幸せじゃない時には、こういう他人の行為が、普段はそれほど気にならないが、不幸なとき、うまく行かないときには気になりイライラするのだ。

こういう怒りは自分にもまわりにも非常に良くないのはわかっている。怒りのエネルギーは自分自身の体と精神をこわす。いや、壊れているときに怒りが起こる、といっていい。

良い人でいるために、感情を殺すことはよくないだろうが、だからといって怒りの感情を出すことはけっしてよくない。ではどうすれば怒りの感情を消すことが出来るのだろうか?

 

最近、悪い奴らが目立ってきた気がする。

それは、マスコミのニュースで最近であるが、警察官をおそったヤツ、保釈で逃げたヤツ、それをかくまった奴ら、それ以前では、あおり運転で被害者の両親二人を(間接的だが)殺したヤツ、子供を餓死させた親、オレオレ詐欺、これらは事件になったので浮かび上がっただけで、見えない被害者は死ぬほどいるだろうし、世の中には悪い奴らはゴキブリの数ほどいるのだ。

そういう奴らが目立ってきた。

日本の法律の罰則は非常に甘い。

これは「生善説」、つまり、

「人は生まれながら悪い人間はいない」

という、ばかばかしい説にのっとった考えであるからだ。

「悪」には程度の差=レベルの差があると思う。万引きと殺人では行為の程度が違う。殺人が一番の罪であるが、それは、法律的に重い、ということを言っているのではなく、犯した行為の重さである。

輪廻転生を信ずるなら、人は生まれて初めて個人の性質を取得したのではない、ということだ。つまり、生まれたその個人は、昔の自分の因果を背負って改めて生まれ落ちたのである。

ニュースを観るに、

なぜこんなクズの人間がいるのだろう?

なぜ他人をおとしめられるのだろう?

なぜ平然と悪を行えるのだろう?

なんで生まれたのだろう?

悪人が生まれた意味は何だろう?

意味があるのか?

何かのミスなのか?

人が殺されなければならなかった意味はあるのか?

なぜ?

 

現代で非道を行う奴ら、善悪の意識が弱い人間は、そのまま、前世の悪の部分を現世に持ち越していることもあるし、逆に、加害者ではなく罪を償うために被害者として生まれ落ちた場合もあるだろう。人が生まれたことが、まったくゼロからの人間構成であるなら、これほど非道で、残酷な人間たちができ上がることについて、説明がつかない。いくら家庭環境がひどい家庭に育ったから、と言え、である。

 

今日は、悪人について考えた。

 

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