東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

イントレランス

昔買ったDVD「イントレランス」は無声映画だった。

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1916年の映画。チャップリンの映画みたいなコマの少ない動きで、人々の愚かな生活、行動が描かれていて、8mmで撮ったような、壮大なセットだが、とても退屈な映画であった。なぜこんなDVDを買ったのだろうか?と、思うが、何か得られるかもと思ったのだろう、きっと。

 

タイトルの意味は「不寛容」だそうだ。

1 耐えられないこと。許せないこと。

2 宗教上の、不寛容。

と言う意味だそうだ。


不寛容とは大昔からの壮大なテーマ、だそうで、

意味は、

  • 「ゆるしあわないこと。」
  • 宗教的な対立。テロ。

今風の言葉でいうと「キレる」とかが近い。

いま世界のどこかで起こってるすべての争いは不寛容が原因であると言っていい。

不寛容にたいして、いろいろな学者の説は言葉巧みに組み立てているが、わかりにくい。説教じゃないといえ、凡人がわからないと説を論じても意味ないマスターベーション。現実的じゃない。

「寛容になるよう努力すれば、女々しいと言われ、男らしく戦うことが不寛容だとわかっていても魅力的だ。」と、いった「渡辺一夫」の書き物が、ある読書好きさんのHPの批評ページに書いてあった。

男らしくあろうとするために寛容じゃなくなるのなら、女が世の中を動かしたほうが平和になるのだろうか?

でも、寛容、不寛容に、男女を結びつけるなんて、変だ。

 

寛容とは、ガマン?

寛容とは、あきらめること?

寛容とは、バカになること?

寛容とは、神に近づくこと?

寛容とは、キリスト的心?

寛容とは、やさしい思いやり?

寛容とは、イライラしないこと?

・・全部、ちがう気がする。

身近なこととして、人に対して、寛容になりたい、と思うが、どうしたらなれるか、いつも答えが出ないで終わる。