ろくろく人生レポート

東京おとこひとり 改め:66才からの人生探求レポート

地球が消滅するとカルマは返さなくてもいいのか?それとも同時に終焉になるのか?

魂は永遠だ という考え方は、宗教でも個人でも、いろんな方面で書かれている。

でも、「永遠」とは、どういう意味だろうか?

人がこの世で犯した罪は、いつか次の人生で償わなければいけない。巻いた種は刈り取らなければならないという有名な言葉がある。人は、必ず代償=カルマを払わないといけない。 それは国の法律でもなんでもなく、個人個人の問題で、犯罪者が刑期を終えて、または更生して、また普通の日常に戻ったとしても、それは勝手に法律が決めたことで、本人の行為が消えたことにはならない。人を殺して二十年刑務所で刑期を終えて全てチャラになった、それはあり得ない。世間的には終わっても、作ってしまった個人のカルマは消えない。犯したカルマと同じ代償を次の生で払わないといけない。これは非常に理にかなったことなのである。

生まれ変わって償って、また生まれ変わって償って・・・

太陽が地球を焼きつくすだろう6億年後には、もう誰一人、カルマを償うことを終えている、と、考えないと説明がつかないのではないか? もし6億年後にもまだカルマが返せないなら、いったい償きれなかった魂は、どこに行くのだろうか。

お経には、56億7千万年後に弥勒菩薩が現れて、この世の素晴らしい世界ができる。とある。これも数字が一つのキーポイントになっている。しかし、56億年後などとあまりに壮大で悠久な年月は、もう人類など、地球など、ないだろうと考えてもおかしくない。

宇宙のプレアデスからリーディング(トランス状態になって霊(この人は宇宙からの声と言っている)の声を聞く)をしているアメリカのあるハゲの中年男性の有名人は(自分はこの人はまったく信用できない)、人は、カルマなどない、パラレルワールドに移動するので、この世で罪を犯しても、死んだらたくさんの別の世界があるのでそこへ移動してしまうため、カルマなどない・・・・というようなことを言って(書いて)いる。これはまるで腑に落ちないどころか、罪を作った人への忖度というか、何か悪い意図を感じるので、まるで信用できない。たぶん、西洋哲学であるからだと思う。東洋の考えは、カルマは存在する。しかし、合理的に考える西洋ではパラレルワールドでチャラになったほうが、都合がいいのである。しかし、心理が西洋、東洋、人によって違うということは、場所や宗教や人種によって「真理」が変わるということになってしまう。もしかしたら真理などない、真理は人が作り出したもので、全能ではない、ということも考えてしまう。

科学的に、地球に寿命があって、それで起こる災害で人類が滅亡するのなら、その時期が全ての人類のカルマの終わり、であるということになるのか? さらに、地球という場所がなくなっても、別の世界でカルマを返すため、別の惑星か、別の次元に存在させられ、肉体はなくても何かの試練を与えられて生きていく、のではないか?

「生きる」というのは、この3次元の肉体のある世界でだけのことでないと思えば、肉体がなくても、生きる=存在する、と、理屈で考えられる。だから、地球がなくなっても、どこな別の次元で、そこか別の世界で、存在しつづけることになるのではないだろうか?