おとこひとり

62才おとこがひとり語るモノコトのいろいろ

共感したあとには否定しにくい

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Art : MORDSTEIN

 

流されてはいけない!人の心理

ちょっと前のニュースで、今回のウィルスに感染しその体験を動画にした男性を取り上げていた。

ウィルスは恐ろしいものだ!という社会的警鐘を鳴らす目的で動画公開したらしい。感染してから入院中の辛かったことを喋っていた。大変なウィルスだから気をつけてください!という社会的意義で公開したのだろう。しかし実名で公表していたが、なぜか動画の顔はぼかしていた。

実名で?というのは「感染したことは恥ずかしいことではない!」と言いたかったのか、しかし実名なのになんで顔をぼかしてるのか?と、まずそこに疑問が生じた。

その男性は普段から潔癖症でエレベータのボタンも指で押さないという。今回もまったく経路がわからず、どこで感染したかが全くわからない、と言うことだった。

しかし、後半からは内容がちがってくる。終わりのほうで、発症の前日に何人かで居酒屋に行ったと言うのだ!さらに、カレーライスを何人かで一つのお皿から食べ合ったと言うのだ。さらに、枝豆も何人かで食べ合ったと。そしてその時の友人全員、感染したと言うことだった。

感染した時の苦しさや気をつけましょうという社会的警鐘を鳴らす目的で動画公開し「なんで感染したか全くわからない」と言っているのに、居酒屋で会合したと言ってる。さらに突っ込むと、エレベータのボタンを指で押さない潔癖症だと言っているのに人と同じ皿のカレーを食べ合うというのは如何なものか?

このニュースは人間の心理を知るにはとても適した材料だ、と思ったので、あえて取り上げた。

まず、動画をアップし感染したことを”あえて”言う理由は、感染したことに対する自己肯定で、自分に責任はない、世間のせい、ウィルスのせい、と言うことを世間にも自分にも納得させるためのパフォーマンスである。

実名で公表した理由も同様に、自分はルールを守らなかったのではなく被害者なので責められる立場ではない、と言うためである。

そして次が興味深いことだが、このまま終了するのではなく、最後に感染したかもしれないという本当の行動を付け足したことである。実は最後にほんの少しの真実を付けることは、それまでのウソの罪悪感を薄めるのと、バレた時に言い訳をする時の保障に必要なのだ。話の後半に、少しの「本当」を付け加えておけばバレた時に全て嘘にはならないという言い訳ができるのだ。

こう言った話はどこにも散らばっている。会社でも友人同士でも。

例えばこんな感じのこと↓

「すごく大変だったのよ!もう死ぬかと思ったわ。あんなこともこんなこともあったのよ!でも理由がわからないのよね・・・」

「毎日、ちゃんと気をつけていたんだけど。」

「でもね、本当はその後にその店に行っちゃったんです。それがいけなかったのかもしれないわ」

って意味わかんない会話だけど、いつも100%完璧だったのに、たまたま1%のミスがあった、と。それは自分のせいじゃない、と、これは会話のマジックである。

相手のペースに乗せられてしまう

これらは共感したあとには否定しにくい、という人の心理をうまく使った行為である。最初に同意を求め納得させて共感させる。そうすると人は「間違ってる」と思ってもその人を否定しにくくなる。

今回の動画の人も、無意識かもしれないが、そういった心理を使っている。ずるい人は大抵この手法で人を支配する。言われた人は一度共感してしまったので、最終的に変だなと思っても意見を言いづらくなるのだ。(これは一種の洗脳)。でも、人に気を使わずに、疑問に思ったらその場でその時に意見を言う姿勢はいつも崩さないようにしたいし、するべきだと思う。限られた時間軸の中での人との会話や説明の中で、流されないように気をつけたい。