東京おとこひとり

語るモノコトのいろいろ

進化は人間が考えたもの。

 

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9月です。 秋の始まり。

ぜんぜん外に出ないので汗はまったくかきません。なので、暑いと感じるのはクーラーを切った後に感じるぐらい。

 

いつも考えてることに対して、無駄?と思うこともある。こんなこと考えること自体になんの意味があるのか・・・などと自問自答するけれど、別に頭が狂ったわけじゃないし、病気だとも思わないし、考えることには意味があると思いたい。暇だから考えるのだろうか?!

暇だというと、日本人として不真面目だ!という洗脳がある。だから「忙しい!」ということが美徳や偉い!ということになる。

でも、だいたい日本人は働きすぎる。上司に左右されすぎる。休むことを悪いものだと思っている。

なので、堂々と「暇」と言いたい。忙しくても、トイレに行く時間ぐらいはあるでしょ?忙しくしていることで安心してるだけ。自分は働き者だーって。

 

それで、しょっちゅう考えてることの一つは、地球上にいろんな生き物や生物を含めたものがすごい種類、数がいる。それらは、一体どうして生まれたのだろうか? 派手な色した爬虫類や海底で不思議な動きをする魚や、予想もつかない生き物たちや。

ある書で読んだのだが それによると、

創造主=もしかしたら宇宙人かもしれないし=神かもしれないし=未知の存在?が、考えられないくらい大昔、何もないこの地球に生き物を造ろう!と思った。 そして実験的にいろんなものをデザインし、計り知れない数の生き物を造っていった。それは彼らにとって遊びの一種だったのかもしれない。どうやって造ったのか、どのくらいの時間がかかったかは知る由もないが、とにかく、数ミリの虫のデザインの、習性から寿命まで、恐ろしいくらい細部にわたって造れるくらいの人知を超えた者たちによって生き物は造られた。

その一つに恐竜がいた。

恐竜をデザインし造ったが、それらはあまりに大きく、地球にとって、恐竜たちは大きすぎて地球の環境が大きく壊れてしまう可能性があったのだ。つまり恐竜は失敗作だった。(地球にとっての失敗作)

それである時期にすべて消滅させることにした(いわゆる謎の絶滅)。そのあとにまた違う生き物を作る予定で。

人間も同様、造った。

つまるところ、全ての生物は進化したのでも偶然に生まれたのでもなく、大昔に”あるもの”によって実験的に造られたのである。

数ミリの虫も、深海の魚も、ダニも、プランクトンも、そしてウィルスも!

そんな細かい部分まで=寿命、性格、色、形、習性、感情、などなど、全てを自由に造れるとは、人間たちのレベルで考えたら想像はつかない。人知の及ぶものではないからだ。 人間には想像つかないくらいの細部にわたってデザインされているから、人は生物を「進化したもの」と考えたのだ。まさかそんな細部を何者かが考えて造るとは想像も発想すらできないからだ。

子供の性格や顔などは親の遺伝を引き継ぐので、生き物たちは少しづつ変化してはいる。だが、元は変わらない。カスタマイズされているだけだから進化ではない。

例えばとっても変だ、と思うのは、原始人は誰も見たことはないのに、猿のような身なりでぼうぼうの髪に獣の衣装に、と、まるで見たかのように教科書や博物館にあるが、本当だろうか?全て想像の産物である。どこかでミイラが発見された時にそういうかっこや骨格だった、、という報告もあるが、これも年代がはっきりわかるものはない。 特に人類の祖先と言われているクロマニヨンとかホモ・サピエンスとか、居たと思うけど、あんなカッコであんな顔であんな知能がない生き物だったのか?って、疑問に思う。

全ては「進化」というものに縛られている発想である。

時間軸で考えたら過去は未開だという既成概念。過去が現代よりも文明が発達していても何がおかしいのだろう?「進化」は人が考えた発想でなんの根拠もない。つまり「時間」が存在すると考えてるから、進化という発想になるのだ。

時間は過去から未来に向かって進むものではない。時間は人の概念である。しかしこの概念を打ち消すのは、物質世界のこの世にいる間は無理である。死んだらわかるだろう。死んだら過去も未来もない世界に行くのだから。

恐竜を「失敗作」ということで絶滅させたのなら、人間は「失敗作」ではなかった、となる(今は)。 しかし、それはまだわからない。

人間が「失敗作」になる可能性がある。それは、地球にとっては良くない生き物と判断されたら、絶滅の道を歩む。

と、こういうことを考えてる。しかし まだ頭は狂ってはいない。