おはようございます(*゚ー゚)_ぉは~♪
連休のなか日、いかがお過ごしでしょうか・・・
スケバン刑事全22巻を買ったので、トイレで読んでいます。
昭和の漫画は良い。
物語の中に現実逃避。
ゲームやったりSNSやったりしてる人も、
仕事などの嫌なことを忘れるために現実逃避。
誰でも手段は違うけど、楽しみや趣味で現実逃避する。
逃避って言うと悪いことのようだけど、そんなことない。
そもそも、何が現実か?なんて、本当はわからないのだ。
つねったら痛い!というのが現実。。。というのも、実は思い込みかもしれない。
そして、その最たるもんが『死』だ。
『死』は現実に起こる。
しかし『死』は死んだ人に対する、生きている人の感じ方、そして現実である。
この理屈はややこしいが、わかるだろうか?
死ぬ本人の『死』と、死を観察する人の『死』は、違う。
(まだ死んだことがないが、そうだと思う)
親しい人、家族、好きな人を亡くした場合、残された者にとってその人の『死』は現実。時間の経過も実感するし、葬式もして死んだことを実感するし、いつまでも最愛の人の死を忘れない。
死人には死は存在しない。
『死』というのは、残された人のものなのだ。