ろくろく人生レポート

東京おとこひとり 改め:66才からの人生探求レポート

日曜日の不思議

日曜は ほぼ引きこもり日。

 

もし、情報源がなかったら? 生きられると思いますか?

ニュースを見るのに、今の人はスマートフォンでしょっちゅうみてると思うけど、人がテレビも新聞もナーンにも見なかったら、一体どんな心境だろう・・・と、思った。

というのは、自分はスマートフォンは電話しか用がないのでほとんど触らないのだが、例えばテレビ、パソコンを立ち上げなかったら(無かったら)、ロシアがウクライナを侵略してることも知らない、コロナがどうなってるのか?も知らない、ワクチンを打つように政府がやってることも知らない、、、人気アイドルも人気ドラマも全て観ず、例えばだけど、こういう世の動きを一切知らないとしたら、どんな生活になるのだろうか?と思う。

情報発信が全てストップする、そういうのが今日、日曜日なのです。

日曜日というのは一体、何なのでしょう? 考えたことあります?

古くはキリスト教かアラブの経典か忘れたが、人のための休息日として定めたのが日曜日じゃなかっただろうか?日曜は働かずに休む、というのが日曜という日。

日曜はサービス業のような職種以外は先進国のほとんどが、ほぼ休む。日曜は世界情勢や重要な出来事、情報がほとんと更新されない。地震などの災害が起きた時だけ夜勤のスタッフが速報を流すとかはあるが。

日曜日のように何も更新されない日は、実は重要である。平日が必要以上に更新されすぎではないか? 知る物事は、ごく少量でいいのではないか?と思う。頭の中や感覚が多量の情報で判断が麻痺して目一杯になっている気がする。

人が日曜日を嬉しく思うのは会社が休みだというのではなく、情報を気にしなくていい、情報の更新が無いので安心していられる、ということではないだろうか?

頭の中に空白が必要ではないだろうか。